『マジックアワー』を逃した。
外は既に暗かった。寒くはない、匂いもしない、どんよりはしないが、のっぺりとしている空を仰ぐ。彩度の低い、重い湿度を抱えたブルーグレーが『立ち並ぶビルはチグハグ』な隙間をしっかりと埋めている。木々は黒く、少しだけひんやりする兆しがあるが、その奥にある忙しさはまだみえない。ゴム手袋でモノを掴むように、季節を感じ取ろうとする。とても遠いどこか、からモノが燃えるにおいがする。
「まもなく2番線に渋谷、新宿方面行きが–––」そして英語がセットでつづく。3ヶ月前のそれよりもプラットフォームによく響く。
各々がまとった布がかさばり、狭さを覚える密室に入った瞬間、音が吸収される。Tシャツがじっとりと湿り、不快感を覚える人熱れ。すると2, 3人挟んだ後方にいる女子大生の声がさらにキンキンと耳に響きだした。AirPodsで蓋をした。
これからロックを聴くからヒップホップでバランスを取る。すると、視覚の余力がふえた。新宿に近づくにつれ、車内にある布のパステルカラー比率が高まっていく。
下車すると地下の『人間交差点』は、コンクリートよりも人間の表面積の方が大きい。法定速度がバラバラで事故りそうになる。ヒップホップ越しに見える視界の顔々には思いの外ストレスがない。そうか、土曜日の晩だ。
ブルーグレーはさらに明度が落ち、季節が進んでいた。そのトレードオフでネオンの彩度も増す。新宿は一年中、冬なのかもしれない。すれ違うたび、さまざまな香水だけが房(ふさ)となり、宿主から置き去りにされ、俺の顔にぶつかる。甘く、重く、パサついて。それを胸まで吸い込むのを躊躇っていると、いつ間にか消えていった。
道路を渡るとなぜか出店(でみせ)が並んでいる。いつもの狭い歩道がさらに狭い。物理的にも心理的にも皆の法定速度がさらに遅くなっていた。大きな計算ミス。ソースと醤油の焦げた匂いだけが上機嫌で、それらがそこかしこに浮遊している。すると人混みの中で、スマホの画面に2, 3個の粒がじわりじわりと浮き上がった。
雨が降りだした。
ステージには掲げられた金色の『紅布』の文字。そこから3,800mm先の一列目には隙間がない。オンタイムのオープンで入場した者たちが、まだ機材しかいないステージを凝視している。上手(かみて)側にあるバーカン上のスクリーンには、リラックスした楽屋の5人が150インチで投影されている。17:34、フロアの半分が埋まる。一通り落ち着いた客たちが、ようやくバーカン上に目をやりだす。誰かが鳴らしたシャッター音を皮切りに、皆で堰き止めていた笑いが流れ出した。
フロア後方はまだ4割ほど空いているが、ステージ際まで律儀に詰められており、1平米あたり5人ほどの密度。民度の高さもあるが、ここからもっとパツパツになることを予期しているのだろう。普段なら待ち遠しいこの時間を皆がうまく処理している。スクリーンを肴に、仲間たちと流暢におしゃべりし、ドリンクを嗜み、会場BGMのMaroon5『Stutter』と絡み合う空間。“Cause you feel so good, you make me stutter, stutter.” 歌詞の後半部分とだけ相反して。
手持ち無沙汰になったであろう誰かが、マラカス、エッグシェイカーで弄んだ音を、俺の耳が一年ぶりに拾った。スクリーンの中が舞台衣装にようやく着替え出す。何度も伸びをするvo. 、一人寡黙に鏡に向かい相棒を抱えるgu. 、霧吹きで戯れあう余裕があるdrms. 。フロアの会話は膨大で、かつ細か過ぎて、その内容までは捉えきれないが、動き始めた楽屋の映像につられてオーディエンスの声もさらに大きくなる。物販エリアもない、まっさらなフロアが埋め尽くされた、完全なソールドアウト。最後方、トイレ前ギリギリまで埋まっている。
スクリーン内では、霧吹きでしつこくイタズラしたdrms.にvo.がキレている。オーディエンスの張り詰めた視線が一瞬、バーカン上に集中したが、コミカルに椅子から転げ落ちたvo.を見て、すぐにドッと笑いに変わった。一悶着あった後、カメラスイッチを切ろうとするボーカルの手がクローズアップされてきて、画面いっぱいになったところで、暗転。「あーあー」「遊び過ぎだろ」とフロアから。出囃子とともに破れて出てきたdrms.にひと笑い起きた後、vo.が煽らずとも、ようやく本息で沸き立つフロア。
そのままシームレスにドラム&ベースで『On The Run』。お前らにドッキリは無理だよ。シンプルに走ってろ。〈加速してく坂道を 転げ落ちるようにして〉で、下手(しもて)のギターが力強く、溶け出した鉄のように、熱く濡れて、曲の隙間に入り込んでいく。それにしても口ずさむ客が多い。去年は3曲目まで緊張が解けきっていなかったが、今日は初手からグルーヴを形成し、フロアと力強い握手をいとも簡単に済ませた。〈今夜連れ出〉してくれることを確信する。
すかさず、握手した『Ami!』たちへ、この1年の道筋で太くした音をお披露目。余裕は出そうとすると、バレる。さっきのドッキリのように。〈マヌケ面〉で間抜けヅラする余裕が証拠だ。これまた口ずさめる客がいる。破れたTシャツの半裸状態で目を瞑りながら、既に左右に大きく揺れるdrms.の体力は続くのだろうか?
前曲の余韻の歓声と拍手に少し絡めて〈ぼろぼろのスニーカー〉と始まる『Upright -On The Way To-』。フロアの笑顔が増えるのは、少し複雑なドラムの隙間を縫うようなベースがしっかり効いているから。〈僕が憧れた漫画のヒーローは〉と、少しモタるドラムに前のめりに気持ちよく乗れる。〈長い長い足跡に ここまで来たんだなぁ〉と、歌詞を聞き込んでノル客。
MCを挟まず、力強いドラムとベースが引っ張り始まる『ゴールデンナンバー』。変化球なイントロでしっかりと膝を折る客たちは聴き込んでいる証拠。赤い照明とバッチリ合う。〈俺たちは踊ろう 何度でも〉説得力が増した。日本語か英語かよくわからん、そのめんどくささ、だるさ、をかっこよくしてきた、この一年で。〈楽しんで行けよー〉という太さと、〈黄金色の魔法をかけて〉の繊細さ。〈希望に溺れよう〉のボーカルアレンジに呼応し、下手(しもて)gu.のメタルチックなアレンジから放たれる一粒一粒。このノンストップの20min、スキマが1mmもなかった。
〈まずはソールドアウトありがとう。まさし、今日はお母さん来てないの?〉と、vo.大内。「(天を仰ぎ見ながら)お母さん…」とgu.大山が律儀なリアクションをする。「あ、まだ生きてる、生きてる」とba.ひっさがそのくだりを巻き取り、今度はもう一人のgu.齊藤に振るが「…はい」と、フロアからの大声援にも、もじもじとしている。そして当然、いつも通りのdrms.茂木もいる。
〈Oh oh oh oh〉イントロの0.5秒で、皆がクラップで反応し、揺れ始める『白南風』。冒頭4小節が終わったら、「ドンドン!」と曲に息が吹き込まれて、それがこちらの心臓もうつ。緻密なリズムパターン設定に、チャカチャカと、きちんと挟み込んだギターがあってこそ、サビでの開放感とキャッチーさを享受できる。最後方のドア前までぴっちり埋まった、顔と顔を見ると、どれもみな恍惚感に濡れている。そこに照明があたり、さらに、頬が艶やかに浮きあがる。各々が各々の世界に入っているが、どこか、根底では繋がっている感覚。ニューロン同士をシナプスが繋ぐ。
イントロで既にサビが待ち遠しくなってしまう『サテライト』。〈縛られず生きようぜ〉と、去年もここを見せつけていた。前回は自分自身に言っていたが、今回は明らかにフロアに向かって言っているフロントマン。〈Don’t let go〉の部分まできちんと生かしてノレる客を持っていることに重みを感じながら、過去最大の余裕を持って伸ばす〈Alright〉。
このフィルインだけでわかるあの曲(曲名は本文冒頭へ)。攻撃的なスネアと繊細に配置された音たちのギャップ。待ってましたといわんばかりに目を瞑り、下向き、聞き込む客。小節を重ねるごとに変化をつけて、飽きない。飽きさせない。ギターを3人にしたからそれが可能になった。優しいギターストロークは“恍惚感”を創り出す。上手(かみて)のブーツのヒールがコツコツとステージを叩いている。指先は繊細。サビ前の〈愛しさが加速していく〉の奥にある「ダララララララ」は力強く、vo.は喋るように歌い、連なるように、drms.へ。飛び跳ねるような叩き方で曲の“高さ”を出す。バトンを引き継いだ、下手(しもて)gu.が、相棒を掲げる大サビ前のソロパート。己の心臓でこの一本のうねるメロディを鷲掴み、追いかけずにはいられない。もう嘘がないんだからさ、“じゅんすい”を具現化したらこうなるだろ。握り拳を子供のように胸の前で振りながら、おどけて歌い切るケースケを背後からニヤニヤ見る、見守る、モギ。
〈見た?コツコツとしつこくやってきた甲斐があった。これがマリの日だー!〉vo.の真面目さに触発されたba.が〈これがマリの日だー!〉と、いたずらにキーを上げキッチュにふざけて繰り返す。でも、まだ遊び足らずに〈しもて楽しい?モッシュアンドダイブもOKです。上手(かみて)はドリカンの前なんでだめです、ユースケが煽ってくれるんで〉と弄り出し、1人だけあえて浮くようなMC。フロアからは「ユースケー!」「まさしー!!」と、タイミングを無視した太い声。これ、これがマリのLIVEに足りてこなかった。そして、そんなカオスな中、ひとりちょこんと座るモギ。この2-3minで喋りながらチューニングをしていたアコギを持って〈ワンマン折り返しだけど〉と、vo.が言う。もう折り返し。
〈片足引きずりながら〉とピンスポで、あとは、喉と弦しかない。のびやかに、柔く、しかし太く歌い上げる、余裕の向こう側の愉しみを見せつける。アリーナの数万の視線を浴びるかのような贅沢な時間。〈倒されはしない〉の発露を待ち侘びて待ち侘びて、ドコドコと遅れてスタートを切る残り4人。〈今日も僕は笑う〉の助詞にアクセントをつけ、すぐ差し込まれる「ロイター板」がわりのギター。そしてその後にピタリとくっつくバスドラムの数が1年くらい前から変わったのは、とうに気づいていた。ゆっくりだけど、早く進んでいってしまうLIVE。〈嗚呼 それでも もし泣きたくなったらどこに行けばいいの〉またまた目を瞑り味わう客。そう、噛み締めるもまたLIVE。
モータウンな裏拍で、クラップ、縦、横、頷き、がそこかしこに巻き起こる。新しい曲『FLORA』で。上手(かみて)のgu.が珍しく歌い始め、マリがまた新しい扉を開く。こんなにもしれっと。展開が目まぐるしいこの曲を自分らのものにできてきている。ギター3本、どの音も個別で輪郭を持って捉えられるからだ。それを側で感じるba.とdrms.が楽しそうにリズムをおもちゃにしていた。
〈赤く熟れたホオズキ〉サビ直前に詰め込まれたソリッドなギターの1音1音がしっかりとサビに説得力を持たせる。ロードムービーみたいな間奏はすぐに終わり、また次のサビへ。フロアは「メランコリニスタ」の如くしっぽりしているが、しっかりと踏みしめている。〈僕らの空〉と、矢継ぎ早に、五月雨式に、押し寄せるサビが何度も待ち遠しい『ノスタルジスタ』は得した気分になる。
「あつい?大丈夫?」チューニングしながら自由に間をとる。無音が怖くない。余白でLIVEが立体的になるから、こんな風にもっとほしい。「インスタライブでマリの曲を作る過程を垂れ流して、歌詞はみんなから言葉を募ったんだけど」と言うvo.に、被せるように「みんなで作った曲と言っても過言ではないでしょう!自分が入れたコメントが、どこに入ってくるかやん!?え、何のことかな?何を言ってんねやろな、おれ?」とgu.が戯ける。最後に、サブMCが「こわ」の2拍できちんとオチをつけた。
新曲、Give it Up!!。マリには珍しい夜っぽい攻撃的な音はThe White Stripes。メロのガレージロックぽさは、The Fratellis、いや、Mando Diaoか。あえて令和に合わせていうならMåneskinでもいい。下手(しもて)gu.が背を逸らし、その場で走り、駆ける、それはJET。間奏のba.の単音はRinôçérôseで、ダークヒーローなそれは、MC時とは真逆のB面。これまたしれっと新しいマリ。三分半で、のっぺりしないようにdrms.がリズムパターンをそれはとても繊細に変化させる、しかも感覚で。そこに、喉の奥で歌うサビ後半の妖艶さが加わる。米、英、瑞、伊、豪、仏ときたら、日はマリか。〈これだよ、みんなで作った曲だよーありがとう〉に呼応して、フィニッシュで強くならされたフロアからの“指笛”が最高のトッピングだった。この音も音源に入れても良い。ガレージロックは咳払いを入れるのがお作法らしいし。あ、あと曲のコールは間違いなく『ギヴィラッ!!』で。
気だるそうな『Parade』ですら、皆が大盛り上がり、これまた口ずさむ。語るように歌うAメロに、じっとりと強く低く重いギター。縦横無尽で大胆なベース。と、思えば、煌びやかな音も乗っかる。複雑だが統率が取れている物語みたいな曲。マイクを抱え、空(くう)を掴み、曲をとどけようとするvo.が、重たいアウトロで、なぜかギターを脱いだ。
すかさず放たれたイントロを追いかけるように、マイク一本だけを相棒にして花道へ。真上にはドでかい、直径1mのミラーボールが皆の顔の色をチカチカ変えている。すぐに20台ほどのスマホが向けられる。あおらずとも、アンセムでは勝手に皆が飛ぶ。柄シャツに合ったふざけた踊りをヨユーで決め込んだら、客を使う「いつものアレ」が始まった。その間、ba.とdrms.だけが淡々と、かつ、自由に遊びながらビートを刻み、vo.はフロアに指示を出し続ける。上下(かみしも)のgu.はイタズラに「アレ」をフロアに投げ、配る。左手にスマホを持ちながら右手に「アレ」を持つ客も数名。それは無理だろ。どうやって「アレ」をするんだ?〈今日は練習なしだ。今日は人生初のコール&レスポンやるからな!いくぞ、Yay yay yayay yaaaaay!〉初っ端からデシベル満タンで、何より、オーディエンスのレスポンス、いや、「シンプルな歌唱力の高さ」に驚く。
『BANG BANG』!!!!!!
皆が掲げたスマホに、金色のクラッカーテープが絡まる。フロア上空で絨毯みたいになったそれをそのまま振り続ける。絡まりをいちいち解く時間がもったいないから。その花道を爆心地とした凡そ27立方メートルは最高な幸福で満ちていた。大歓声のまま終わる。終わろうとする。余韻を味わおうとする。皆がそうしようとした…
…が、そのまま、ドギツいギターが鋭くザクっと差し込まれた。被さった。vo.とdrms.が〈もっと昂れー〉と力技で繋ぐ。『ハルヒ』だ。間違いなくこの二曲間のブリッジが今日のクライマックス。この緩急で泣いている人が何人も視界に入る。
〈だ か ら〉
相変わらずの疾走感を下敷きにして、〈一人きりの寂しさ〉と相反するような笑顔で歌うフロントマンのこの瞬間を切り取ったポスターがほしい。いまは、真夏なのか真冬なのか。いや、ハルか。生みの親、下手(しもて)gu.は、相棒を縦に掲げて構え、その6本の弦のツラを真正面から見せつけ、本人は目を瞑り仁王立ち。上手(かみて)gu.は、自身を囲む半径50cmの円柱の中で揺れながら、回りながら、ストロークする手も回しながら没頭。ラスサビ前で、Ba.は好きなように首を縦に振り、drms.は横に振りながら、青春の憤りをぶつけるかのようにバスを蹴る。数多の客が泣いた後の笑顔が創り出したその煌めきは、乱反射した海面だった。
〈長いバンドマン人生でコール&レスポンスというものを初めてやりました。みんなを信じて良かった。「死ぬほど無駄なことだろうな」って思うことも全部やってきた。ソールドアウトのためにはそれしかなかったから。そしたらみんなが答えてくれて、みんなが持ち上げてくれて、水面から顔を出せて、ようやく息ができた〉これ自体がコール&レスポンスなのではないだろうか?つまり、実はきちんとやってきていたから、それを顕在化させることなど簡単だったのだろう。
〈“多幸感”のあるバンドだね、ってよくいわれるんです。でも、マリの“多幸感”の正体は“あなたたち”なんですよ。そもそもみんなバラバラなんだよ?でも、色々あってみんなが、イマココにいる。この幸せをこれから何回も何回も分かち合いましょう〉ここまでの道のりをずっと側で見てきたであろうモギは背中を壁にぐったりともたげ、スティックで手遊びをしていた。
恥じらいも何もない、純白な幸せ。むかつくこと、こけまくったこと、30年以上も生きれば、あるだろう。でも、それをその度に幸福ホルモンで包み込んで音にし、それでLIVEをつくっt… いや、もういい。全てが完璧。そら、こっからまだまだ伸び代はあるだろう。でも、このタイトさを持ってできることはもうないだろう。 “今日=2024/11/16” は絶対に二度とない。だって、次は、必ず大きくなっているから。〈さよならさ〉そう意思表示する『EASY RIDER』だった。
Flying Lotus みたいにdrms.は叩いている。冒頭の「体力が持つだろうか?」は、やはり思い過ごしだった。飽きがこないようにやっているんだろうが、それは客に向けてか、自身に向けてか。そして、どういう意図でこの曲を最後に持ってきたのだろうか、と思ったが矢先、〈生きていこうと決めたんた〉〈『ハッピーバースデー』〉。
この1年間、中途半端な距離に居て、おせっかいだけど言おうかな?みたいなこともなんかあった気がするけど、言わなくて正解だった。特にマリの場合は尚更。放置した方が、よくいうなら見守った方が、犬は自由に成長するから。
なかなか揃わない、久しぶりに聞いた「実際に声を出すアンコール」が生じたことに皆が恥じらいでいる。フロアもまた無垢だ。それでも、言い出しっぺが置いてけぼりにならないように、むしろそのファーストペンギンをありがたがるように、赤の他人がこれまた恥ずかしそうにフォローし合うアンコール。主人公がいなくてもきちんと輪をつくれる。いや、そもそも皆が主人公だった。
vo.が一人で出てきた。1min遅れで真面目な2人が続く。マイペースな残り2人はいつの間にか加わっていた。「2025/3/21(金)@代官山UNiTでLIVEが決定しました。祝日と土曜日の間です。今日ここにいる人が全員きたとしてもUNiTはまだまだ埋まらないです」ほらやっぱり、次は大きくなるだろ。
〈お前らの大好きな曲やるよー!〉少しモタって始まる『May』。アウトロの〈君は消えてしまった〉に合わせて、上手(かみて)のgu.がフラフラっとよろけて壁に寄りかかった。やり切った。これまでの緊張と不安、そして没頭と放出が、そのモーションをつくったのが手に取るようにわかる。ステージの上でやっと気を抜く瞬間までもがリアルだった。
マリのワンマンでここまでパツパツのレッドクロスは初だ。だから、皆が次にどこへ行って良いかわかっていない。テンションとデシベルが比例して、ライブが終わって10分経っても一切冷めない。今日の余韻は長いだろう。「クラッカーの残骸を大切そうに持つ姿」は、やはり今年もある。
歓談の声が一際大きくなるフロアには、マリという媒介を通してできた3-4人の輪が20個くらいある。それ自体がまた別の、一つの大きな輪なのだが。いつもと違う顔が確実に多い。いつもの顔と、新しい顔、性別も年齢もファッションもバラバラなのが面白い。音楽にマーケティングはなかなか通用しないが、共通しているのは、形而下でいうなら“笑顔”。vo.の言葉を借りるなら“多幸感”。俺の言葉を使うなら“恍惚感”。
一年前と違って、安心感が違う。アクトも、フロアも、全てが。だから驚くことに、いうことがもうない。ぶっちゃけ、『そりゃそうだろ』って感じ。
マリ史上最速の1.5hが終わり、空腹であったことを思い出す。ライブハウス特有の重たいドアを開けると、物販の列が地下からはじまり、長い階段に沿って地上へあがり、さらにお隣のビルまで30mほど続いていた。
なんの気無しに歩道のパイプに座る。雨の残りがズボンに2、3滴染み込んだ。地下から這い出してきた一人一人がターミナルの方へパラパラとむかっていく。示し合わせたように「紅布」の看板との記念撮影を終えてから。このあと寄り道するのか、しないのか、今日はどっちが正解だろうか。
ちょうど一年前にも別の場所からみた【ドコモタワー】が偶然目に入った。湿度か、雲か、滲んでいる。仰ぎ見るブルーグレーはしっかりとグレーになっていたが、それでもまだまだ新宿は元気だ。濡れたアスファルトを歩く。鼻から胸をするりと抜け、ひんやりと腹に入ってくる澄んだ空気に、ひっそりとした微かな高揚感を覚えた。
雨は止んだ。